東京都による大学破壊を歴史に刻む
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かくして、私は、クビ大非就任者になった
法学部教員・高村学人(31歳)の場合
2004.7.3
 

1.はじめに

 このたび、首都大学東京への就任拒否者によるクビダイ・ドット・コムが、管理者の方の多大な労のおかげで、立ち上がった。

 現在、在外研究中であることを良いことに、これまで運動に十全に取り組んでなった私も、意思確認書非提出者であるということで仲間に加えて頂いた。

 2003 年7月末から日本を離れている。都による突然の新大学構想の発表があったのは、その直後である。「一番良い時期に逃げられたね」と言われたこともあったが、無関心でいられるわけはなく、同僚の方々や学生達と同様に、知事と管理本部の狂気によって、何度も精神が蝕まれた。

 首都大学東京の設置認可が間近である。新聞では、「大多数の都立大教員も就任へ」と報道されるかもしれない。そうすると、都立大問題は、都に教員が屈する形で収拾した、就任しなかったのは、既に転出先が決まっている人、新大学で特に不遇な配置を受ける人、あるいは特別な考え方の持ち主たちだけだ、と世間から受けとめられるかもしれない。

 しかし、そのような単純化は正しくない。このサイトの一つの目的は、そのようなレッテル貼りを覆し、都立大教員の多様な存在とリアリティを示していくことにある。まずは、自らのリアリティを語ることによって、その一つとしたい。

 なぜ、私は意思確認書を提出しなかったのか? 以下で説明していく。現場で、運動や厖大化する業務に日々忙殺されている同僚の方々には、大変に失礼なものとなるかもしれないことを予め、深くお詫びしたい。


2.意思確認書提出要求の前後  -- ヴァーチャルなリアリティ

 法学部を解体して、その当時は、とても違和感もって聞こえた「都市教養学部」なるものを設置し、全員に任期制を導入するという8月の都の発表には驚いたが、その後、より驚かざるを得なかったのは、実は、このような都の方針に都立大学が闘えるだけの基盤がないかもしれないという現実であった。

 10月の総長声明には迫力があった。しかし、その後は、学部や学科によって対応がばらばらになり、その存在は後退していった。敗戦が前提となり、憶測に基づく、非協調ゲームが管理職者を支配していった。

 法学部では、ロースクールの設置認可が近づいてきた。しかし、ロースクールの全国一斉スタートの年度と新大学設立の年度には、不幸にもずれがあった。都の方針への評価・対応は、2004年度ロースクール開校の是非という問題と連動してしまい、学部内は、ずたずたに切り裂さかれていく。法学部は、メーリングリストをよく使うために、その詳細までリアルタイムで伝わった。とても悲しい事態になったことは、周知の通りである。

 このままばらばらとなってお終いと思いかけていた頃に、四大学教員の声明の会が立ち上がった。その声明文案を知らせるメールを法学部の米津先生から頂いた。声明文は、実に正鵠を得たものであり、なおもそのような幅広い連帯が4大学の教員の間で、成り立つということには、とてもうれしかった。力強い文書に感激した。記者会見は、インターネットサイトからニュース動画をダウンロードして見た。その後、評議会の声明(2004/1/27)も出たため、総長もなんとかやってくれるのではないか、と思った。

 しかし、このような動きを危機としたのか、管理本部によって、各人に踏み絵を踏むことを迫る意思確認書の配布が強行されることになった。管理本部が自分の現住所を把握していなかったからか、意思確認書は、東京の古い住所に送られ、しばらくしてから自分の田舎の実家に転送された。留学中に、息子の勤務先から配達証明付郵便が届いたので、母親は、仰天して、こちらに電話をかけてきた。自分は、詳しい事情を説明すると心配するので、「たいした書類ではなく、アンケートみたいなものが送られているようなので、開封しないで保管しておいて」とだけ答えた。いまだ現物をみたことがない。

 勤務条件も何も記されないものらしいが、情報を収集してみると、学部長は、真っ先に提出したが、他の大半の人々はどうして良いか迷っているということであった。自分は、四大学声明の会の呼びかけに賛同し、現物は手元にないが、意思確認書を総長に預けたいというメールを総長宛に送った(2/16)。総長からも確かに預かったという返事をすぐに頂き、心強くなった。

 その後、高橋理事長予定者が大学にやってきて、評議員メンバーの前で管理本部の官僚を叱って、意思確認書は必要ないと述べたので、この問題は、どうでもよくなったという情報が入った。この日、高橋理事長予定者は、英雄的な救世主として受けとめられたとされる。大学と管理本部の間にも、雪解けが生じるだろうとの観測もでた。

 しかし、どういうわけだか、管理本部は、この機運に乗じようともせず、驚くような文書を作成し、配布した。いわゆる恫喝文書である。その内容は繰り返さないが、とりわけ、これまでの大学改革への批判者は、自己批判を公にしてから、新大学に来い、というような意味の表現には、並ならぬ憤りを覚えた。正直なところ、それ以前までは、任期制が適用されなければ、面従腹背で新大学に行く可能性も考えていたが、この文書により、完全にそのような選択はなくなった。新大学に行くことは、良心の自由を捨てることであり、魂を売り渡すことと同じになった。知事発案による「首都大学東京」という名称も、とても受入れがたい集団的属性名であった。


3.自分にとってのもう一つのリアリティ ? 途方もない落差

 以上は、パソコンを媒介にして構築された私を取り巻く状況説明であった。しかし、ほぼ同時期にこちらフランスでの研究者問題の運動とその解決に接したことは、このような都立大問題が、余計、異常なものとして私に映ることになった。

 フランス政府の来年度の予算案は、若手研究者の新規採用ポスト数を減少させ、さらに新規採用者への任期制を部分的に導入するというものであった。すなわち、博士号を取得しても、若い人々は、ポストを得る可能性がかなり難しくなり、仮に得たとしても5年後には、首を切られる心配があるということである。

 そのため、あらゆる分野の研究者が猛反発し、1月後半から、この政府案が撤回されなければ、研究者は、役職を集団で辞職することを宣誓する署名運動の輪が広がり始めた。理系・文系を問わず、各分野での代表的な研究者が、第一署名に名を連ねたため、政治党派を超えた運動となった。自分の受入機関でも、緊張は高まった。ポストドクターの学生が、自分のディレクターに、自分たちのために宣誓に署名することを迫っている場面も目撃した。ノルマリアンという特別エリート制度で育てられた彼らも、白衣を着て街路に出た。自分の写真を大拡大したプラカードを作り、そこに「政府は、私の脳味噌を潰したいのか?」と書く知り合いもいた。無給与の客員研究員である私にも署名が求められたので、どういう効果があるかわからないが、迷わずに応じた。

 メール転送やネットによって、署名者は、あっという間に広がった。最終的には、7万人近くとなった。しかし政府は、ほとんど譲歩しなかったために、3月9日には、本当に、この集団辞職が大規模に実行され、2000人近い研究所の所長や大学の役職者が辞表を提出した。

 若手雇用のために、このような連帯が広がり、あえて危険なリスクを管理者が引き受けるという姿に驚嘆していた私のところには、不運にして、ちょうど全く同じ日に、総長から私が預けた筈の「意思確認書を返却したい」という伝言が託されたというメールが同僚の源河さんから届いた。その理由は、管理本部が各部局への恫喝をさらに強めてきたため、意思確認書提出者が雪崩を打つように増えていき、もう大学としても、持ちこたえられなくなってきているということであった。

 本当に愕然としてしまった。

 我々の世代の外国社会研究者は、かつての近代化論者の時代と異なり、日仏社会の構成原理の比較・相違というような大きいテーマはやらず、領域をピンポイントで絞り込み、こちらの研究者とできるだけ同じ水準で競おうというのが、当然になっている。自分もそのような方向で最近は、進めてきた。しかし、その日、感じた、あまりにも大きな二つの間の相違は、自治体の一大学での出来事とは言え、自分のこれまでの社会観や研究観を大きく揺らがすものともなった。

 恫喝文書をどうしても容認することのできなかった私は、総長に、「不利益をうける恐れがあるかもしれませんが、そのようなリスクは、自己責任として引き受けたい」(3/11)というメールを書いて、意思確認書の提出を保留した。法学部の基礎法学の同僚の方々とメールで相談もしたが、その選択は、このような経緯において、自らの独立した判断で行ったものである。

 その後、理学部や人文学部も提出に動いたというニュースがあり、法学部の少数派のみが、全学で孤立するのではないか、とかなり動揺した。正直、Asahi.comで、経済学部のCOE グループが全員非提出というニュースを知った際、ほっとした。しかし、管理本部は、われわれを切り捨て、とにかく新大学の設置申請を準備するという路線を突き進んだ。

 フランスでは、4月の地方選挙で、研究者問題が大きな争点の一つとなり、与党が大敗北を喫したため、研究担当大臣が更迭され、新大臣は、任期制導入の撤回と新規ポストと研究予算の大幅増を就任直後に約束した。研究者達は、フランスの研究にとっての歴史的な勝利の日であるとの宣言を出し、みなで歓喜に沸いた。

 私のところには、その後、学部長から、私の担当科目である法社会学は、新大学では、非常勤でいくという設置申請書類を提出したことを事後報告する旨の短いメールが届いた。

 かくして、私は、クビ大非就任者になった。


4.今後にむけて

 ここまで読んで頂いた方々は、私を切り捨てられた哀れな存在であると思われるかもしれない。

 しかし、それは間違った感想である。新大学への就任を拒否することによって、私は、精神の自由と自立を確保でき、それを蝕むものから、解放された。正直、意思確認書を出さないと総長に最終表明した日(3/24)から、とても爽やかになった。また自分自身を、少し力強く感ずるようにもなった。ご心配は、無用である。

 私には、これまで述べたような手続に依って立って、生み出されるところの「首都大学東京」において、その新学部名の一部でもある「教養」の担い手、あるいは「法」の支配を担っていく法曹を育てることができるのか、強い疑問がある。

 非提出者のわれわれは、なおも都立大学が併存する限り、現学生への教育と、研究者としての義務を遂行するための権利を当然に主張していく。研究者としての存在証明は、それぞれで果たしていく。それらは、決して妥協することのなき闘いであることを、最後に述べておく。

 

2004年7月3日   東京都立大学法学部教員・高村学人(2004年9月に帰国)

この記事へのコメント

投稿日時: 2004-7-29 5:16, 更新日時: 2004-8-12 11:29

初回投稿の趣旨説明 (Fw:)

Fw:クビ大ドットコム開設のお知らせ

 クビ大ドットコムに初めての投稿を行ってから、すでにかなりの日にちが流れた。この間、多くの方々から、励ましのメールを頂き、心強い思いをした。本当にぎりぎりの瞬間であったが、「小さな叫び声」をあげてみて、良かったと思う。

 もちろん、他方で、匿名的社会からのバッシングのようなメッセージも私に対して向けられた。ただしそれは、予想したよりも小さなものであった。

 投稿日に、「クビ大ドットコムの開設のお知らせ」として、友人・知人に送ったのは、次のようなメールである(*メーラーのアドレス帳管理が杜撰なため、送信すべきであった多くの人々に未配達となったこと、深くお詫びしたい)。

 私の投稿の真意を明らかにしておくために、ここで公開することにした。

----------ここから原文----------

Fw: クビ大ドットコム開設のお知らせ (Date:3 Jul 2004)

皆様

 (かなり親しい方から、メールを何度か交換しただけの方まで、一つのBccメールで失礼します。)

 ご無沙汰、失礼していました。都立大学の高村です。

 首都大学東京の認可がまもなく下りるということは、ご存じであると思います。

 海外行ったついでに、好きなことを言ってしまい、お上にたてついてしまった。そういうことがバッシングされてしまう傾向が、現在、強まっていると伺っております。

 現在、在外研究中である私は、あえてこの状況とタイミングを逆手にとって、好きなことを、今、ネットで公に発言することによって、このような自己責任社会の時代の到来にチャレンジしてみるのも面白いのではないか、と考えるようになりました。

 ちょうどこの度、首都大学東京への就任を拒否した都立大教員によって、クビダイドットコムというサイトが立ち上がりました。そこに、私の体験記と考えを公表しました。

(http://www.kubidai.com/ 通称クビダイドットコム)

です。

 遅ればせになりましたが、自分なりの表現で、これまで都立大教員が行ってきた異議申し立て活動の一つに連なろうとするものです。ご笑覧頂ければ、幸いです。

 都立大問題のコンパクトな概要については、

(http://tmu.pocus.jp/sampun-kiki.html 3分間でわかるクビ大問題 Copyright of Pocus博士)

をご覧ください。

 

 クビダイドットコムは、首都東京において、少数ではあっても、自由であり続けようとする都立大教員の仮想的な「共和国」として、活発な活動を展開していく予定です。

 ご宣伝のほど、よろしくお願いします。

 ささやかな試みですが、私は、徹底した社会学主義を貫きながら、反知性主義の高まりを、内部から抉りだし、そのような傾向を「崩壊」 させていくきっかけを、今後も、つ くっていこうと考えています。

----------以上で引用終わり----------

 これから他の投稿者の方々と同様に、私に送られたメッセージの一部を公開していくつもりである。

 私宛のメッセージは、

gakuto.takamura(AT)kubidai(DOT)com

 のアドレスでお待ちしている。

 「非就任者の会」への支援の輪の広がりを示していきたいと思う。またバッシングメールも大歓迎である(ただしウイルスメールは不可である(笑))。

 それら両者を素材として、「首都大学東京的なるもの」の正体を「社会学」するつもり である。

 予定されていた首都大学東京の設置認可が延期とされたように、反知性主義の高まりは、崩壊の兆しをみせつつあるように思える。

 ささやかな試みはあるが、これからも、「声なき声」をあげていくつもりである。私よりも、もっと悲痛な「叫び声」が、都立大の院生・学生・OBに存在することも明らかにしていく。

  これは、「決して妥協することのなき闘い」であることを改めて宣言しておく。


投稿日時: 2004-7-31 1:43, 更新日時: 2004-8-12 11:29

読者からのメール(都立大関係者編その1)

そう、やはり我が母校・都立大のことがとても気がかりです。

クビダイドットコム は、T先生のメールで知って、

さっきチラ見したところであります。

なー、もう、悔しい。泣けるぐらい悔しい。

なんかしたいんだけど私も。なんかできるかしら。

何ができるかな……。

        (ゼミ生OBのHPより許可転載)

T先生

 ご無沙汰しており失礼いたしました。

 お元気でお過ごしでしょうか。今年は、東京よりも過ごしやすいかと存じますが・・・。

 こちらは梅雨時だというのに晴れてばかりで雨が無く、今年は水不足に悩まされそうです。

 さて、ページ開設のお知らせありがとうございます。

盛況のようですね。今日の時点で、もう4000ヒットを超えていました(*2004/7/5現在)。

 先生ご自身も色々な葛藤に悩まされたいうことを改めて知らされました。

 都立大にいる身としても2月、3月あたりは事件の展開がめまぐるしく、事態を把握するだけでも大変でした。

信じられないことが当然のように起こるのですから。海外での状況把握は、なおさら歯がゆいものではなかったかとお察し申し上げます。

 この一連の事態の中で、L学部の教員が「率先」して権力に迎合していく光景は、非常 に不気味でした。

事態の改善に私も少しでも役に立てばと思い、院生の立場として動いていましたがなかなかに厳しいものでした。学生・院生連絡会議で集めた抗議署名が2000 筆にものぼり、そ れを都立大のすべての教員のメールボックスの差し出し、またマスコミにも送付するなど してきたのですが、ほとんど無視されました。今思うと全学生の3分の1という説得力のあ る数の署名を生かせなかったのではないかと、少し悔いています。

 これまで動いてきた学生・院生の間でも精神的疲労が大きくなってきており、認可が下りるときのショックが心配です。

 L 学部多数派は、悩むことや疑問とすることを放棄しているようですが、その一方で黙ったままでは終わらせないと誇りを持って、異議を唱え続けている先生方がいらっしゃいます。私も及ばずながら、黙殺させまい、都立の学習環境は守るとして、研究の傍ら、少しでもできることをしていこうと思っています。

             (南大沢の博士課程院生から)

Tさん

 投稿を読ませていただきました。ひさしぶりに熱い感動を覚えました。フランスの事情を帰国後、ぜひ院生・学生たちにも話してやってください。研究者にとって精神の自由はなによりも大切ですね。ありがとうございました。

             (私大教授・元都立大学教授)


投稿日時: 2004-8-5 20:52, 更新日時: 2005-5-28 12:00

読者からのメール(日本人研究者編その1)

Tさん

Uです。

 「クビ大ドットコム」開設のお知らせ、ありがとうございました。

さっそく、Tさんのお書きになった文章を読ませていただきました。

 在外研究中に生じた出来事であるだけにいっそう、いろいろなご心労があったであろうと改めて思い、また、Tさんの選択に心を打たれた次第です。

 ただ、今日は、そのような私の感想だけでなく、関連して是非お伝えしたいことがあります。

 私がかねてより親しくしている友人(研究職についているかたです)があり、その友人とは折に触れて連絡を取っているのですが、先日、或る用件で話をする機会があった際、先方から「クビ大ドットコム」の話題が出てきました。独立行政法人問題をめぐる或るメーリングリストで「クビ大…」の開設を知り、ご覧になったそうです。そして、以前にもいろいろと話す中で・私からTさんのお名前を出したことがあったため、その友人は 「あぁ、これを書かれたのは、Uの言っていたTさんという人だな」と気がついたとの由。

 やはり研究者である配偶者のかたとともにHPをご覧になったその友人は、Tさんの文 章にとても感激した、と言っていました。学問を取り巻く危機的状況と照らし合わせたときに、心が洗われる思いがし、また、心を揺り動かされた、と。

 より一般的に、今回Tさんがなさったような・都立大問題の関係者のかたたちの一つ一つの行動が、人々の心を動かすことにつながる可能性があるだろう、とも。〈「頑張ってください」というのは失礼になってしまうかもしれないけれど、そういう気持ちであるということを、UからTさんに伝えてほしい〉、とのことでした。

 私の研究領域でも、法科大学院教育/新司法試験のなかでの位置づけをめぐって、潜在的にも顕在的にも・研究の基礎を掘り崩しかねない(ように私には思われる)動きがあります。その意味で、今回Tさんが直面なさっている問題を、他人事としてでなく捉えたいと考えています。  

   (ヨーロッパ(not in France)にて在外研究中の大学教員)


投稿日時: 2004-8-7 20:22, 更新日時: 2005-5-28 12:01

読者からのメール(日本人研究者編その2)

 

Tさん

 Iです。いろいろな人からメールがいっているかもしれないので、後回しで読んでもらっても構いません(読まなくても構いません)。

 某MLで「クビ大」問題でのTさんのご発言を知り、よく読みました。驚きました。こと の深刻さ(←こんなにまで学問とそれをやる人間を侮蔑する連中が跳梁跋扈していること)を実感しました。

 Tさんのご発言は、自らのリアリティを(その限界も自覚しつつ)示し、かつ法社会学 者としての見識を織り込んで、冷静 かつ大胆に問題の所在に切り込んでいると思いました。あらためてTさんに学者として敬意を感じてしまいました。

 実は、私は、今日Tさんのご発言を読むまで、都立大は大変なことになっているという 認識を持ちつつも、それこそリアリティを持つことができず、それゆえに、「傍観者」になってしまっていました。Tさんのご発言は、「理解者」という名の「傍観者」である自分の立場を気づかせてくれました。

 ご存知かと思いますが、今、東京都は日の丸・君が代の強制、それに異を唱える教員・生徒・保護者への「弾圧」、「安全・安心まちづくり」という名の「警察社会化」、石原らが扇動している思考停止、そして公安警察による言論への弾圧(立川反戦ビラ入れ事件・裁判)など、ファッショ状態(←既成の言葉で説明がつかないので すが、他の言葉 が見つかりません)です。立川の事件は、フランスでも報道されていますよね(ル・モンド2004年6月17日)。私は、今、この事件を被告人たちとともに闘っ ています。

 Tさんに、言うべき適切な言葉がなかなか見つからないのですが、素直に「敬意」です。

大学界の人にも、直接には関係のない人にも、紹介のHP広く紹介します。

 では!

              (大学教員・憲法学者)

Who are veritables 「現場主義」の憲法学者 ?


投稿日時: 2004-8-12 1:10, 更新日時: 2005-5-28 12:01

読者からの投稿(日本人研究者編その3)

Tさん、体験記読ませていただきました。勇気の要る決断だったでしょう。金銭的には決して優遇されているとは言えないフランスの研究者ですが、言論の自由がちゃんと保障されて、異義申し立ても政治的に効果があるといった点で、日本の研究者の状況とは雲泥の差ですね。

 夏休みに、一時、日本へ帰国します。不穏な雰囲気が漂っていないか、心配です。

     (フランスの国立大学の女性助教授・社会学者)

*(Tによる追記)

最初の投稿(2004/7/3)では、責任感ある管理職者の集団的辞職という「連帯」の成立で、研究者運動の勝利が獲得されたという肯定的な側面のみを描いたが、実際、いろんな大学を訪問してみると、予算面や研究施設の面、ポストドクターの就職難などの点で皆、かなりの不満を有しており、なおも改善すべき事項が多くある。

 よって現在もこの運動を組織した人々による研究者の境遇改善運動が継続している。

詳しくは、Sauvons la recherche!(研究を守れ!)をご覧頂きたい。重要なコンテンツについては、英語版も掲載されている。


投稿日時: 2004-8-25 22:48, 更新日時: 2004-8-25 22:50

読者からのメール(都立大関係者編その2)

 T先生こんばんは。

 '0?年度ゼミ生のZです。

 御無沙汰しております。

 クビダイ・ドットコム拝見させてもらいました。(一応、最初の紹介メールの時点から読んではいたんですが。)

 T先生や或いは首都大非就任の先生方は、大変気高い、素晴らしい選択を為されたと思います。

 この先どうなるかはわかりませんが、何か手助けできる事があれば是非お手伝いしたいと考えております。

 1月に1回程、都立大に顔を出すのですが、その度に友人や後輩から状況を教えられ、毎度のように暗澹とした気分になるのですが、わけても西澤新学長の前任校での功績を聞くに、その年齢と併せて大学教育・自治とは何かを考えさせられます。

 もっとも、私の場合はクビダイ・ドットコムに(ゼミ生OBのHPより許可転載)されていた投稿のように「悔しい」とか「なにかしたい=なにかできる」という気持ちは殆どありません。

 「悔しい」と感じる源泉たる「期待」や「理念」は、B類廃止が決定した時点で無くなったのだと思います。

多様性の否定、時間を固定する感覚、社会貢献の虚妄、憲法23条に対する過誤等々、B類廃止を決定した精神性を見るに、この結末は予想の範囲内だった気がします。

 まあ、それでも母校ですから気になるわけで、偏差値60などという恐ろしい数字を見ると、東京都民の割合が跳ね上がるんだろーな、などと考えております。

 支離滅裂な文章ですいません。

 投稿はしてませんが、読んでますという事を伝えたかっただけです。

 何かあったらまたメールします。

 またお会いできる日を心待ちにしております。


投稿日時: 2004-9-15 10:28, 更新日時: 2005-5-28 12:03

読者からのメール(日本人研究者編その4)

Tさん、突然のメールを失礼します。

本日、7月に開設された就任拒否のホームページを偶然見つけ、読みました。水林氏の同種のページも、Tさんの個人開設のブログも拝見しました。

都立大問題ではXさん他の方のメールが転送されてきたこともありましたし、卒業者の知人から連絡を受け、関連のMLに一つ入ってはいるのですが、今日の今日まで不覚にもこうした情報が公にされていることを知りませんでした。全くぼんくらなことです。

読んでいてあらためて衝撃を受け、自分の非力を恥じ入るばかりです。こういうメールで何を書いても白々しく響きそうなのですが、さまざまな思いが去来して大変辛い気分です。

法社会学会の「会合」ではYさんとお会いすることもあるのですが、この問題のことを短く口にされることがあっても、それを聞くだけで終わってしまいます。他の委員や理事も同様のようで、いつもそれきりになっています。

こういうときこそ研究者コミュニティの力量や連帯が問われるように思われます。問題提起もしていない自分がいうのも卑怯ですが、学会としてもう少し内外でリアクションなりあってもよいのではないかと感じます。

共産主義者や社会主義者が弾圧されるのを人ごとと思って傍観し、自分の番になったら手遅れだったという、ナチス時代の神父だったかの言葉も思い浮かびます。また都立大法学部長は司法改革問題でも反動的な役割を果たし、大変許し難く思っています。

以上とりとめのない内容になって申し訳ありません。

無事に帰国されますよう。

(大学教員・法社会学)


投稿日時: 2004-9-28 17:37, 更新日時: 2004-9-28 17:40

読者からのメール(横浜市大関係者編その1)

以下に、横浜市大教員の方のHPの文章を一部転載する。本人の許可を得ている。

以下、『就任承諾書を出さなかったわけ』より部分転載

475.就任承諾書を出さなかったわけ

返信 引用

名前:伊豆利彦 日付:7月9日(金) 0時9分

首大非就任者の会 『就任承諾書を出さなかったわけ』

都立大の教員で新大学に就任を拒否した方の非就任理由書である。

首大がどんな情況にあるかを知る上で重要な文書だと思う。

横浜市大も同様だと思う。

こうして、日本から民主主義を守る大学が消滅させられていく。

しかも、これは広い国民的な運動に発展することもなかった。

マスメディアの問題について考える。

そうして思うのだ。

民主主義の破壊、大学の破壊は、この国の未来の破壊だと。

そのことを、後の世に、私は伝えたい。

いまは、それを言っても、大学人の繰り言だとしか思われないだろう。

それが、いまの日本だ。

失ったものの意味は、後になってしかわからないのだ。

私は絶望しているのではない。

認識しているのだ。

そして、すべては、この事実の認識の上にしかはじまらない。

私は嘆きはしない。

私はそのような認識の上にたたかおうと思うのだ。

より詳しくは、伊藤利彦のホームページを参照頂きたい。

都立大の風景
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