東京都による大学破壊を歴史に刻む
サイトマップ   昨日のトップテン
トップページ  >>  首大と当会  >>  首大ができるまで (年表)

首大ができるまで (年表)


2001年11月  「東京都大学改革大綱」策定

都立大学と東京都の協議の産物である大学改革案。東京都知事の署名入り

首大構想出現以前の流れ (都立大独文学外サイト)

2003年8月1日  首大構想出現

東京都大学管理本部が,都立4大学学長に対して,これまでの大学との協議体制は前日をもって終了したこと,「まったく新しい大学」を作るために現大学代表者を含まない検討組織を設置したこと等を一方的に通告。上記「東京都大学改革大綱」は反故に。


2003年9月25日  大学管理本部,教員配置案を提示し,教員に服従を求める

大学管理本部は,4大学の助手を除く全教員の配置計画を示し,次のような「同意書」の提出を求めた。

提示された新大学における配置案に同意した上で,新大学設立本部及び教学準備委員会の下で,新大学に関する今後の詳細設計に参加することに同意します。また,教学準備委員会が必要と認めた場合を除き,詳細設計の内容を口外しないことに同意します。

提出期限 (9月末日) までの提出はなし。都立大学での最終的な提出率は 1/4 程度。人文,理学部の提出者は 0。提出したのは,工学部,経済学部の経営学/マルクス経済学グループ,および法学部の数名*1

法的諸問題 :: 東京都立大学「改革」の問題点

2003年9月25日  都立大学人文学部教授会抗議声明

学部教授会として初めて,8月1日の知事声明に明確な反対を表明した抗議声明。それまでの改革案を突然破棄し,都立大学総長を排除し,個人として委員を委嘱された大学教員に厳重な守秘義務を課した異様なやり方に抗議するとともに,この案では人文学部が破壊されることを主張*2

声明全文

2003年10月7日  都立大学総長声明 「新大学設立準備体制の速やかな再構築を求める」

常軌を逸した同意書の白紙撤回を求めるとともに,新大学設立は 現4大学からの移行として行われる(「まったく新しい大学」などではない)こと,したがって4大学の教員がその基本構想の策定か ら詳細設計にいたるまで責任をもってこれに参画できる協議体制を再構築すべきことを主張。その他に,大学院問題,基礎・教養教育,教員免許や資格取得の問題,任期制・年俸制について言及。

声明全文

2003年11月中旬〜12月上旬  法学部の3教授が辞職表明

法学部の3教授があいついで,都に対する抗議の意思をこめて辞職表明*3 (当該年度の講義などの務めを果たした上で2003年度末に辞職)。


2003年12月5日  「新大学設計の河合塾への外注」についての新聞報道

同日付朝日新聞の報道によれば,首大「都市教養学部」の教育内容や教育課程の設計等に関して,東京都が河合塾に約3000万円で丸投げ委託。

東京都が掲げた「都市教養」なる造語には,明確なヴィジョンも具体的なアイディアも伴っていなかったことを露呈。


2003年12月12日  開かれた大学改革を求める会が都議会に陳情

都立大学職員・教員・学生・卒業生,他大学教員,文学・語学・人文学関係の学会員などによる21,712筆の署名付き。2004年2月9日に8,387筆の署名を追加提出(総計29,665筆)するも,2月19日の審議で不採択


2004年1月21日  都立4大学教員声明

声明のタイトルは「都立新大学設立のための開かれた協議体制の速やかな確立を求める」。2003年12月16日の東京都立大学理学研究科・工学研究科,東京都立科学技術大学工学研究科教員110名による声明をもとに,都立4大学 (都立大学, 都立科学技術大学,都立保健科学大学,都立短期大学) 教員による声明に発展させたもの。首大設立過程での最大規模の異義申し立て。2月3日の最終集計時点で賛同者数 451名 (4大学教員総数の54%)。都立大学では教員の約2/3が賛同署名。

声明全文

結局,「4大学教員声明の会」の署名運動の成果は皆無であった。3月以降,理工系メンバーを中心として,首大阻止の運動から,首大構想の枠組みの中でのマイナーな「改善」を目指す運動へと変質。他方,この変質を受け入れ難いものととらえるメンバーは,首大非就任者の会の前身ともいえる会を結成。


2004年1月27日  東京都立大学評議会の見解と要請

東京都立大学の最高意思決定機関である評議会による声明。タイトルは「新大学の教育課程編成等に係わる責任と権限について––新大学計画に関する問題点と要望」。単位バンク制構想を撤回すること,新大学の教育内容・教育課程設計は現大学教員組織の責任と権限で行うべきこと (新大学「都市教養学部」の設計を河合塾に委託したことへの批判),新大学の学部と大学院は一体のものとして設計・設置するべきであること,大学管理本部が提案している任期制・年俸制の導入は行うべきではないこと等を主張。

評議会見解全文

2004年2月6日  新大学の名称発表

新大学名は公募された。1位は「都立大学」。しかし,東京都の内部資料では,「都立大学」は「ふさわしくない名称」とされていた (サンデー毎日2004年2月15日号)。4位に「首都大学」。


2004年2月16日  首大への就任「意思確認書」提出締切

新大学の具体像がまったく不明の状態で,首大への就任意思を確認するもの。大学管理本部自ら「勤務条件の詳細がわからなければ,就任するか否か判断できないというご意見もあるでしょうが」と文書内で述べている*4

共同通信の報道 (2月18日) によれば,厳守とされた締切 (16日) 時点の都立大での提出率は約4割 (2月末に至っても,4大学全体での提出率は6割程度)。提出したのは,工学部,経済学部の経営学/マルクス経済学グループ,および法学部の一部。非提出は,人文学部,理学部,経済学部近代経済学グループ,および法学部の一部。

法的諸問題 :: 東京都による大学「改革」の法的問題点

2004年3月9日  西澤潤一学長予定者および山口一久大学管理本部長による「恫喝文書」

「現大学との対話,協議に基づく妥協はありえない」「確認書を早く提出した教員と3月に入ってから提出した教員には何らかの仕切りが必要である」「公に改革に批判を繰り返す人たちは,確認書が提出されたからといってなんらかの担保がないかぎり,新大学には参加すべきでない」等と述べて意思確認書提出を迫り,「総長,学部長 (研究科長),教授クラスの教員にあっては,混乱を招いた社会的道義的責任を自覚すべきである」として,責任転嫁をはかった。

文書全文

2004年3月24日  都立大全教員宛「総長メモ」

次のように述べて,意思確認書提出を促す。「(23日,大学管理本部と高橋宏理事長予定者等との)対話が行われたこと自体を評価したい。これから管理本部は協議を行っていくと考える。」

実際には,何ら変化なし。4月上旬には,「総長メモ」を全く否定する公式メモを大学管理本部が配布。


2004年3月29日  「意思確認書提出率 96%」と新聞報道

理学部は,「確認書に法的拘束力なし,(後日の)就任承諾書提出は別問題」との理屈を付けて3月上旬に提出。人文学部は,教授会決定を経ずに執行部が独断で全員分を提出。最終的に,非提出は法学部 7 名と経済学部 12 名。

非就任の理由 :: かくして、私は、クビ大非就任者になった
非就任の理由 ::「首都大学東京」非就任にいたる経緯および理由について

2004年4月7日  東京都が首大設置申請の最終案を発表

学部経済学コース,大学院経済政策専攻の抹消。

読売新聞 (2004年4月7日) は次のように報道。「… 都は6日,『経済学コース』の専任教員に採用を見込んでいた都立大教員12人全員が,都の大学改革に反発して就任意思を示さなかったため,同コースの設置を断念した。… この12人は,いずれも世界水準を目指す研究計画に文科省が補助金を出す『21世紀COEプログラム』に選ばれた研究グループのメンバー。」

COEグループ声明
非就任の理由 :: 都立新大学構想の評価と経済学者たちの選択

2004年6月23日  首大非就任者の会結成

首大と当会 :: 首大非就任者の会とは

2004年7月3日  当サイト「クビダイ・ドット・コム (kubidai.com)」開設


2004年7月3日  「就任承諾書非提出25名」との報道

「25名」は,上記「意思確認書」非提出者 (19名) を含まない,東京都が発表した見せかけの数字。意思確認書非提出者を含む実際の非就任者は都立大で44名。さらに,(首大構想発表以降首大開校までの) 他大学への「脱出者」を含めれば,実質的な非就任者は4大学合計で110名以上。

非就任の理由 :: 東京都立大学辞職の弁 (2004年7月6日改訂版)
教員流出 :: 25名だけが「首大」への就任拒否をしたわけではない
教員流出 :: 首大開校直前 (2003-4年度) の教員流出

2004年7月13日  文科省大学設置審,首大設置認可を先送り

共同通信,朝日新聞,毎日新聞等は 7月15日付で,4月末に東京都が設置認可を申請した後,就任拒否により教員数が減少し,都は急遽代替要員を補充したが,「審査の前提が崩れた」「審議会は慎重な審査を選んだ」と報道。

法的諸問題 :: いわゆる定款たたき台に対する一私見(再録)
法的諸問題 :: 地方独立行政法人法と公立大学法人化
首大の本質 :: 新大学の入試は誰が(どの組織が)行うべきか
読者の声 :: 大学教員の職責を問う ––研究者であると同時に教員であること––

2004年9月21日  設置審,首大設置認可を答申

ただし,5項目の留意事項および3項目の非公開意見付き。

毎日新聞(9月21日)は次のように報道。留意事項の中で設置審は,「都市教養学部の目的が『大都市における新しい教養の創成』では漠然とし過ぎ」「理念の明確化を求めた。」

また,10月1日付毎日新聞報道によれば,非公開意見は,(1)「『教養』という普遍的性格を持つ語に,『都市』という限定的な語を冠することに違和感を覚える」「開学に先立ち学部・学科の名称を再検討することを妨げるものではない」 (2)「教育研究の質を担保するには,教員の意欲・モラルの維持・向上を図ることが必要」で「教職員が一致協力して開学準備にあたる機運の醸成」に努めるよう求める。(3) 新大学が使命に掲げる「大都市における人間社会の理想像の追求」についても,「様々な学問的アプローチが必要」で「均衡のとれた教育研究体制の構築」に向けての努力を求める。

学部崩壊 :: ある大学の死––都立大教員はいかに敗れていったか
首大の本質 ::「首大」問題を考える ––事実と真実,継続と断絶––
読者の声 ::「都立の大学を考える都民の会」での人文院生会の発表

2004年10月7日  都立大総長声明「新大学設置認可答申を受けて ––現状評価と課題」

10月8日付東京新聞による要約では, 声明は,「解決を急ぐべき多くの課題がある」と指摘し,「さまざまな面で著しい遅滞が生じており,危機的状況と言っても過言ではない」と準備の遅れを懸念。また,「都市教養学部」について,「理念が不明確で組織構成に無理がある」と批判。他大学での受講を単位に認める「単位バンクシステム」についても「大学間で教育資源が開放される兆候がない現状では,現行制度の拡充から始めることが現実的」としている。

声明全文

2004年10月13日  経済学部近代経済学グループが文科省21世紀COEを返上

都立大学は,21世紀COEプログラムの事業継続を中止する旨文科省に申し入れ。研究チームの教員の大半が首大就任を拒否したため。

日本経済新聞の報道(10月14日)によれば,「2002年度から始まった 文部科学省 "21 世紀COEプログラム" には,各大学が世界水準と誇る"看板研究" として計274件が採択されているが,通常5年間の事業期間の途中で中止されるのは今回が初めて。」

首大の本質 ::「クビ大COE」はなぜ阻止されねばならなかったのか

2004年10月19日  首大支援組織の設立総会

首大を支援する会員制組織 the Tokyo U-club の設立総会で,石原都知事がすばらしくユニークな現状認識と見解を披露。

先般もなんかあの一部のバカ野郎が反対して文部省の科学研究費,金が出なかった,あんなものどうでもいいです。こういうのを反対する連中はですね,本当にxx,保守的というか退嬰的な人たちばかりでですね,誰がどうなのか私はつまびらかにしませんが,いずれにしろその過程で聞きましたのは,ドイツ語の先生が十数人いて受講者が4人しかいない,フランス語の先生が8人いて受講者がひとりもいない。私はフランス語昔やりましたが,数勘定できない言葉ですからね,これはやっぱり国際語として失格しているのもむべなるかなという気がするんですが,そういうものにしがみついている手合いがですね,結局反対のための反対して …。

☞ ポイント解説:

  1. 誹謗の「根拠」であるフランス語,ドイツ語の受講者数は,まったくのでたらめ(都議会を含め,すでに過去に4回もでたらめな数字を引用して都立大の仏文と独文を非難している)。当時専攻の学生だけでフランス語は54名,ドイツ語は53名いたにもかかわらず,石原知事は「独文は2人,仏文は0人」と繰り返した (この時のスピーチではなぜか独文は4人と言った)。なお,全学の教養外国語,一般外国語では数100人の受講者が存在したことは言うまでもない。
  2. 「科学研究費の金がでなかった」と言っているのは,近代経済学グループの COE 返上のこと。COE とは何なのかまるで理解できていない。都立大のCOEは,経済学グループ以外にはひとつだけ。経済学系の COE は,全国で 8 大学しかなかった。
  3. 言うまでもなく,フランス語で数勘定はできる。公式の場でフランス語を誹謗したため,都知事と東京都が現在裁判で訴えられている。(→ 石原都知事のフランス語発言に抗議する会)

2004年11月29日  都立大総長インタビュー

日経ビジネス 11月29日号 (pp155-158) より引用

このままでは悲観的かどうかは,ノーコメントですね。私がそう言ったというのは,なかなか重いでしょうから。まあ,あなた(記者)の誘い水にのるのであれば,かなりそう思っていますけどね。将来は,なかなか厳しいと思いますよ。

学部崩壊 :: 都立大学法学部法律学科の崩壊
学部崩壊 :: 都立大学人文学部文学5専攻の崩壊
学部崩壊 :: 都立大経済学部の分裂と首大経済学コースの消滅

読者の声 :: 大手予備校進路相談担当者は「首大」をどう見ているか?
教員流出 :: 首大開校直後 (2005-6年度) の教員流出
教員流出 :: 首大と教員流出:総集編

*1 都立の他の3大学 (科学技術大,保健科学大,短大) では全教員が提出した。
*2 首大構想に対しては,都立大学学生・院生,助手会, OB,学外の諸団体から多くの抗議声明が出された。ここに列挙することは避けるが,新たな都立の大学構想に関する抗議声明,公開質問状など で詳細を知ることができる。
*3 これら3教授は,法科大学院の枢要科目を担当する予定であったため,東京都立大学法科大学院(3教授辞職表明直前に設置認可) が予定通り翌2004年4月に開設できるかどうか,危ぶまれる状況となった。このような危機を惹起した責任は,ひとえに都が負うべきものであった。というのも,3教授が2003年6月の時点で東京都立大学法科大学院教授職就任の意思を固める基礎となった諸条件 (大学のあり方や勤務条件など) が,2003年8月1日全く突然に,東京都立大学廃校方針の提示という形で都によって否定されてしまったからである。就任の意思を固める前提条件が都によって一方的に崩された以上,就任の約束を解除できることは教員側の当然の権利である。廃校を予定している「大学」に就任を強要する権利が,都にあろうはずもない。にもかかわらず,都の暴挙・暴走は止まるところを知らず,都大学管理本部は,辞職を表明した教員に混乱の責任を転嫁するという厚顔無恥な宣伝を繰り広げる始末であった。都は,その後最低限の穴埋め人事を行い,学生募集と入学試験を延期して法科大学院開設にかろうじてこぎつけた。なお,3教授の抗議辞職表明と同時期にもうひとりの教授が辞職表明をしたが,これは病気を理由とするものであった。
*4 その不備を正当化するために,文科省から「設置認可の申請にあたっては,専任教員予定者から早期に確実な意思確認をとり,法科大学院のような事態を2度と招くようなことのないよう」という注文があったとしたが,これはまったくの虚偽であったことが,河村文科相の国会答弁で後に判明。
都立大の風景
ページ閲覧数:11119
現在のカテゴリ:
首大非就任者の会とは
首大ができるまで (年表)
首大豆知識
当会のシンボルマークについて
新着情報 サイトマップ 昨日のトップテン お問い合わせ
Copyright © 2004-2018 首大非就任者の会 All Rights Reserved.