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新大学の入試は誰が(どの組織が)行うべきか──大学管理本部の怠慢に抗議する──
荻野綱男
2004.8.3
 

 私は、人文学部国文学専攻の一教員として、東京都立大学の国語の入試の実施に携わってきた。具体的に何を行ったかは明らかにできないが、携わってきたこと自体は当然のことである。
 ところで、もう8月である。来年度の(新大学の)入試実施体制を固め、必要な人員を手当てし、また、入試問題を作成する時期になっている。たとえば、採点要員の数や質まで考えておかなければ、どんな問題が出せるのか判断できず、つまり、入試問題が作れない。しかし、新大学の入試を誰が責任を持ってどう行うのか、今になっても、さっぱりわからない。
 とりあえず、新大学のあり方を実質的に決めてきた大学管理本部が、自ら入試の実施をどうするか判断し、準備をしなければならないだろう。必要なら河合塾に外注するべきである。(これが噴飯ものであることはいうまでもないことであるが。)とにかく、この判断が最低限の責任である。今に至るまで新大学の入試をどう行うのか、何も指示しない大学管理本部は怠慢であるとしか言いようがない。
 私は、新大学に就任しないから、私に連絡することなく新大学の入試の準備が進められていっても、それはそれで問題ではない。しかし、私のような人間にも、新大学の入試に関わるように連絡があったりするから困るのである。
 しばらく前に、東京都立大学のどこかから(私が口頭で聞いた話では「どこか」としか言われなかった)「来年度の入試は前年通り」という連絡が国文学専攻に対してあったので、私は強く反発したことがある。それ以外にも、入試業務のさまざまなことが絡んでくることがあったが、来年度入試がどうなるかについては、何も連絡がなかったし、皆目わからなかったので、それぞれの時点で、私は個人的判断に基づいて、各種入試業務からはずれるようにしてきた。しかし、これは本来、個人的判断で行うべきことではない。
 さて、7月はじめに「入試問題の点検委員の名前を出せ」という書類が国文学専攻に回ってきた。書類は、首都大学東京学部入試実施分科会委員長(個人名の記載なし)が発信者で、東京都立大学の学力検査委員あてだったようである。しかし、なぜ、何の権限があって、クビ大から東京都立大学の学力検査委員に依頼が来るのか。
 総長なり評議会なりが、クビ大の入試を東京都立大学が引き受けるということを決めて、その後ならば、そういう文書が回ってくることも納得できるが、今の段階では、そういうことも決まっていないわけで、この文書が回ってくるのは変である。
 入試を実施する主体が誰か(どこか)と考えてみれば、本来は新大学であるべきである。入試の時期は新大学が発足する前だから、新大学が行うことはありえない。しかし、新大学に就任予定の教員がいるのだから、その人たちが行うのが当然である。
 「前年通り」ということで、東京都立大学の国文学専攻に国語の入試問題の出題依頼が来るとしたら、それは筋違いであり、まったくおかしい話である。理由はいくつかある。

  1. 国文には、就任承諾書を出さない教員が3人いる。特に新大学構想に積極的に反対の意思を表明している教員がいる。(私のことである。)そういう人には新大学の入試を担当させるべきでない。
  2. 東京都立大学以外の3大学にも新大学に就任する教員がいるわけで、そういう人たちを除外して東京都立大学の教員だけで入試のさまざまなことを決めるということはするべきでない。
  3. 新大学は東京都立大学とは異なる理念によって設立されるまったく新しい大学である。であるならば、その理念にふさわしい入試問題を工夫し出題するのは当然である。単に「前年通り=東京都立大学のまま」で済む話ではない。

 1. の理由に関しては、たとえば、大学管理本部と学長予定者あたりから、次のような文書が出てもおかしくないはずである。


   ○月○日に都立大学総長に対して大学管理本部長として入学試験に関するコメントを
  申し上げました。その内容を、西澤学長予定者にも確かめたところ、考え方が一致して
  おりましたのでお知らせいたします。

  平成16年○月○日
  学長予定者  西澤 潤一
  大学管理本部長  ○○ ○○

                      記

  1 今後の入学試験の進め方

   第1回都議会定例会での知事の施政方針のとおり、知事にはまったく新しい大学とし
  て 「首都大学東京」を17年度に断固として開学する強い思いがある。改革の本旨に
  従い、引き続き教学準備委員会を中心に入学試験実施の検討・準備を進める。
   改革に積極的に取り組む先生方とともに、「首都大学東京」を創り、新しい入学試験
  を実施する。
   改革である以上、現大学との対話、協議に基づく妥協はありえず、現大学の入学試験
  のやり方は踏襲しない。
   「首都大学東京」は、東京都がそこに学ぶ学生や東京で活躍するさまざまな人々のた
  めに設置するものであり、教員のためではないことを再確認して欲しい。入学試験は、
  新たに入学してくる学生のためのものである。
  
  2 就任承諾書提出の取扱い、入試実施の責任
  
   新大学に前向きな姿勢で期限を守って就任承諾書を提出頂いた方々と提出しなかった
  方々を同様の取扱いとする訳にはいかない。何らかの仕切が必要である。
   また、公に改革に批判を繰り返す人たち、就任承諾書の提出を妨害する人たちには、
  就任承諾書が提出されたからといって、建設的な議論が出来る保障がない。
   そういう人たちが入学試験を担当することは、新大学の理念に反し、新大学の建設に
  対してむしろマイナスに働く。彼らに入学試験を担当させることで、公平・正確である
  べき入学試験がそうでなくなる可能性がある。
   したがって、そういう人たちは、なんらかの担保がないかぎり、新大学には参加すべ
  きでなく、新大学として行う入学試験の出題・監督・採点・合否判定などの一切の業務
  に関し、それらを担当するべきでない。

 このように、新大学発足を控えて、入試のやり方が何も決まっていないというのは、異常としかいいようがない。新大学の設置が正式に認可されてから、入試のやり方を考えるのだろうか。だとしたら、当然遅すぎる。新大学の設置認可を前提にして、事前に準備を始めておかなければならない。
 そもそも、新大学の入試は誰が行うべきか。以下、この問題をめぐって、私の意見を述べておきたい。

(1)私が一番望ましいと考える方式は、首都大学東京入試実施委員会のようなものを作り(もうできているのかもしれないし、首都大学東京学部入試実施分科会がそれに該当するのかもしれない)、そこが音頭を取って各種業務分担などを決めることだと思う。その場合、就任承諾書を出した教員(全員)を実行委員(とか何とか)にして、そこで話し合って、出題から合否判定まで行うということである。東京都立大学の教授会で入試の合否判定を行うというのは、どう考えてもスジが通らない。
 大学院入試の場合も同じである。暫定大学院がほぼ今の組織のままとしても、それは新大学であり、東京都立大学の大学院ではないのだから、今の研究科教授会で合否判定というのは間違っている。

(2)次に、(1)が難しいならば(私は難しくないしこれが正論だと思っているが)、大学管理本部なり新大学の関連組織なりが東京都立大学に入試の実施を依頼し、東京都立大学が新大学の入試を引き受けるという選択もあると思う。これは総長なり評議会なりが引き受けを決定する必要があり、そのためには、各学部の教授会が引き受けを決定する必要がある。
 そうなった場合は、私は教授会で引き受け反対の意見を述べるだろう。他大学の入試を引き受けるのはおかしいという当然の話である。
 もしも、他大学から入試実施の依頼がきて、東京都立大学が引き受けるならば、別の私立の○○大学から依頼されても、東京都立大学が(問題作成から合否判定まで)引き受けるのだろうか。それはおかしいというなら、それとまったく同じ議論で、東京都立大学は首都大学東京の入試も引き受けられないはずである。
 しかし、もしかすると、大学内では、就任承諾書を出した教員のほうが、出さなかった教員よりも多いので、多数意見として「東京都立大学が入試を引き受けよう」が通るかもしれない。その場合、教授会として、非就任者には入試業務を担当させないという決定をするべきだと思う。そういう条件を付けて、入試の引き受けを認めるという決定が望ましい。
 多数派の意見だからという理由で少数派の意見を圧殺するべきではない。特に今回は、新大学反対派(少数派)は、新大学の設立そのものに反対しているわけであるから、そういう人たちを入試業務に含めて、万が一事故やトラブルが起きたら、一体誰が責任を取るのだろうか。そういう危険な橋を渡るべきではなく、東京都立大学が入試を行うことになった場合でも、非就任者は入試担当から除外するのがスジである。東京都立大学はそういう理性を持っていると思う。
 東京都立大学が入試を引き受けることになれば、その中で誰をどう配置するかなどは大学側の裁量でできる。非就任者を含めるか否かは、大学側の問題になる。
 百歩譲って、非就任者に入試を担当させることにするならば、当然その人たちに(入試業務をきちんと行うという趣旨の)誓約書を出させるべきである。誓約書は、上の仮想文書の「したがって、そういう人たちは、なんらかの担保がないかぎり、新大学には参加すべきでなく、新大学として行う入学試験の出題・監督・採点・合否判定などの一切の業務に関し、それらを担当するべきでない。」という文言の「担保」の一種として機能すると思う。

(3)最後に、(1)も(2)も難しいという場合、管理本部なり新大学のどこかなりから東京都立大学の個々の教員に委嘱状を出して、協力を依頼する手がある。
 しかし、これは問題がある。
[1] どの教員に委嘱書を出せばいいかということを管理本部が理解していないと思う。  全員だったらいいが、それだったら総長(か学部長)に言えばいいことである。
[2] 一部の教員に委嘱状を出すことにすると、管理本部がそういう学内教員の選別(入試業務をする人、しない人)をしたということになる。
[3] 個々の教員への委嘱ということであれば、管理本部が個々の教員にあれをせよ、これをせよと言っていることになるわけで、これまた大学に対する不当な介入になる。
[4] 個々にそういう委嘱書が来たとして、各教員は、管理本部の言うことを聞く必要はない。
 今や、管理本部と大学教員の間に十分な信頼関係が成り立っているとは思えない。
 したがって、委嘱を引き受ける人、引き受けない人が出てきて、かえって入試業務の分担がややこしくなり、うまく機能するとは思えない。
[5] 最終的な合否判定を誰が行うのかは、最初に決めておかなければならない。
 もう決まっているのだろうか。ここが決まっていないと、個々の教員に委嘱状を出す場合でも、どういう立場で参加してもらうのか、はっきりしないということになるかもしれない。

 いずれにせよ、こういう基本的なことが不透明なままだという現状が異常なのであり、この件に関する大学管理本部の怠慢は明らかである。

この記事へのコメント

入試担当の依頼について

投稿日時: 2004-9-2 8:53,更新日時: 2004-9-2 8:53
荻野綱男
2004.9.1

 入試業務担当について、(全学に? あるいは当該セクションにだけ?)8月に文書が配布された。これに対して、私は総長に「入試担当は断る」旨の連絡を行った。
 以下には、そのメールを転載する。

Subject:新大学の入試の担当について

東京都立大学総長
茂木俊彦様
(Cc:国文学専攻各位)

荻野綱男
2004.8.27

 国文の連教を通じて、以下の文書を受け取りました。

関係各位
平成17年度入学試験業務(入試問題作成及び採点)担当についてのお願い

2004・8・5
新大学設立本部 入試実施委員会委員長 佐藤英行
東京都立大学総長 茂木俊彦

 平成17年2月25,26日(前期日程)のいずれかに実施されます各学部の入学試験の問題作成及び採点につきましては、現大学に在籍されておられる関係各学部、学科、専攻の教員すべての方々が昨年度までと同様になんらかの形で関わっていただき、是非ともご協力をいただきたいと考えております。当然、都立科学技術大、保健科学大学、都立短期大学の教員の方々にも協力していただけることになっております。
 しかし、新大学の入試業務に関しましては複雑な思いを抱いておられる先生方がいらっしゃることも承知しております。したがいまして信条的、感情的、あるいはその他の思いによって入試業務に関わることを拒否されるお心づもりの先生方には、この入試業務にご協力いただけない場合があることも承知しております。
 とはいえ、17年度の入学試験を滞りなく実施するために残された時間はかなり厳しいところに来ております。そのため、従来とは異なる形式になりますが、このような文書によって入学試験問題の作成と採点についてお願いすることとなった次第です。
 どうぞよろしくご協力下さいますようお願いいたします。

 この文書、私には意味が汲み取りにくいところがあります。

 私は総長から依頼があれば入試業務を行ってもいいと考えていましたが、この文書を見たら、入試にタッチしないほうが望ましいということがはっきりしました。

(1)一番大きな問題点は、

>     新大学設立本部 入試実施委員会委員長 佐藤英行
>               東京都立大学総長 茂木俊彦

 この連名の部分です。
 なぜ、ここが連名になるのか、説明が一切ありません。両者の関係がどのようなものと捉えられているのでしょうか。どのような経緯で両者が連名でこのような文書を出すことになったのでしょうか。
 私は、今のやり方による新大学の設立に反対の意見を持っております。したがって、新大学関係者から新大学関連の依頼があっても、まさにそれを理由にしてお断りします。

(2)次の問題は、以下の部分です。

> 平成17年2月25,26日(前期日程)のいずれかに実施されます各学部の
> 入学試験の問題作成及び採点につきましては、現大学に在籍されておられる関係
> 各学部、学科、専攻の教員すべての方々が昨年度までと同様になんらかの形で関
> わっていただき、是非ともご協力をいただきたいと考えております。

 この言い方では、新大学と現大学の関係をどのようなものと捉えるのか、それが明らかではありません。
 私は、単に「昨年度までと同様に」では済まないと思います。
 私が推測するに、総長は新大学と現大学の関係を「移行」ととらえているようですが、そのような立場は、そもそもとらえ方(認識)として、問題有りと思います。
 東京都立大学の中で、そのような新しい大学に移行することが決まったのでしょうか。まったく決まっていないと思います。東京都立大学の意向とは別のところで、一方的に新大学案が作成され、それに賛成して就任するかどうかが個々の教員に問われ、多くの教員が個別に就任すると判断したのであって、東京都立大学としてそんな判断はしていないと思います。そもそも、こういう新大学案でいいかと東京都立大学に問いかけはなかったのです。
 むしろ、今までの東京都立大学は廃校になる(つぶされる)と理解するべきでしょう。土地や建物・設備が新大学に奪われ、大多数の教員が新大学に引き抜かれてしまった後では、東京都立大学は学生とごく一部の教員だけが取り残されるのであって、存続自体が困難です。
 上記の文書は、このあたりの認識がきちんとしていないことを端的に物語っています。

(3)以下の部分は、それまでの内容と矛盾しています。

> しかし、新大学の入試業務に関しましては複雑な思いを抱いておられる先生方
> がいらっしゃることも承知しております。したがいまして信条的、感情的、ある
> いはその他の思いによって入試業務に関わることを拒否されるお心づもりの先生
> 方には、この入試業務にご協力いただけない場合があることも承知しております。

 それまでの部分では「入試に協力を」と求めているのに対して、この部分では「協力しない人がいることはわかっている」と述べているわけです。
 この文書は、本来、入試に協力するつもりの人もしないつもりの人も含めて、東京都立大学の全教員に対して協力を求める趣旨の文書だろうと思います。だとしたら、この部分をカットしておくべきです。
 逆に、この部分を入れるならば、協力するつもりのない人をどうする(扱う)のか、(このまま入試を担当しなくていいのか、いやでも担当させる=入試業務を拒否する人には処分を行う のか)もっと具体的に述べるべきです。

(4)余計な一言ですが、以下の部分にも引っかかります。

> とはいえ、17年度の入学試験を滞りなく実施するために残された時間はかな
> り厳しいところに来ております。そのため、従来とは異なる形式になりますが、
> このような文書によって入学試験問題の作成と採点についてお願いすることとな
> った次第です。

 「時間がない」ことはその通りだと思いますが、その責任は新大学の入試をどうするのかをいつまでたっても判断しようとしない新大学関係者にあるのであって、東京都立大学の教員の問題ではありません。むしろ、時間がないので、新大学の発足を1年先延ばしにするという話の方がずっとスジが通っています。
 また、「従来とは異なる形式になる」のは当然であって、ここにも総長の移行説がかいま見えるわけですが、すでに述べたように、その認識自体が問題であると思います。

(5)私なりの結論(判断)

 この文書は、全体として、新大学の非就任者に対して入試業務を担当させるためのものではなく、就任者に対して新大学の入試業務を担当することを正当化するための文書であると判断します。
 したがって、非就任者の私としては、この文書でもって入試業務を担当しようという気にはなりません。

以上。

都立大の風景
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